ちょっと一息:海外駐在員コラム

アメリカ、ヨーロッパ、シンガポール、そして中国より現地での体験談や話題など様々な情報をお届けいたします。

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中国編

第3話 「感情表現豊かな中国人 お勘定編」
2006/4/14
AT&T 中国駐在員 石原和恵

前回に引き続き、中国を少しでも理解しスムーズに仕事をしていくエッセンスになればと思いつつ、身近な体験を通して私が感じる中国人を書いてみたいと思います。

一般的に知られるように食事は中国人にとって、生活の中で最も大切なものと考えられています。食事の時間の前後には顔を見るなりご飯食べた?と言われます。食事に行こうと誘われているのかな、と思うとそうでもなく、こんにちはの挨拶のものなのだとわかって来ました。お腹がすいていては何をしても始まらないでしょう、という感じで気遣う挨拶のようです。

中国は家族を核としている社会ですが、会社の同僚に対しても家族的感覚があり、家族が食事をするが当たり前であるように、頻繁に円卓を囲みます。ですから、出張者が来ると、昼食だけでなく夕食も大人数で共にしています。

ここでいつも面白いなあと感じるのは、お勘定の時のやり取りです。会社の社員も拡大家族なわけですから、お勘定はお父さん的存在であるその時の役付けが一番高い人がすべて支払います。家族に割り勘がない感覚になんとなく近い、または親分さんが子分の面倒はを見るのは当たり前のような雰囲気なのです。もちろん収入格差の気遣いもあるでしょう。お勘定の時には、今日は誰々が頑張って仕事をしたから、とか、誰かが良い発言をしてくれたから、とか何かしらの理由をつけてくれます。すると、ご馳走をしてもらったスタッフ達も、今日はあなたのお陰で、ご馳走してくれたんだね、ありがとう、と上司に対しても、そのスタッフに対しても感謝の意を言葉で表すのです。

このお勘定を持ってもらった時の感謝の表現は、独特のものがあるように感じます。相手が払ってくれることに敬意を示すために、もしどちらかが払うのがなんとなく分かっている場合でも、「いやいやとんでもない、ここは私が払いますから」というやり取りがはいるのです。レストランで見かけたのは、伝票を持ったウエイトレスさんを真ん中に、私が払う、私が払う、とお客さん同士がカードやお金を押し付け会っている光景です。誰かの好意に対し、もしさらりとご馳走様で終わってしまっては中国人にとっては拍子抜けで、支払ってくれた人へのありがたみが薄らいでしまうのでしょう。そんなやり取りを通して、ご馳走された方も私がご馳走したかったのに、そこまで言うなら好意に預かります、ということになります。

ですから、逆の立場でもし私たちがご馳走したいと思っていた場合、もし相手がいやいや私が払いますから、と何度も言われてもそれを言葉通りに応じて奢られてしまってはいけません。「いつもお世話になっていますから、是非今回はこちらに、」などいろいろな感謝の言葉を述べてやはり相手を尊重する姿勢が大切なのです。

一度食を共にすれば、もう同じ釜の飯を食べた仲です。そこにはきっと大陸的な拡大家族的感覚が互いに芽生えることでしょう。

石原和恵

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